心ごと

PCA(パーソンセンタードアプローチ)とは?

カウンセリングを学ぶとなると、まず初めに学ぶであろうPCA。しかし、そのわかりやすさの反面、誤解されやすいところがあります。

 

「オウム返しするだけでカウンセリングになる」「PCAはカンタン」という人がいる一方で、「PCAは人生観だ」という人もいて、さまざまな意見があります。なので今回は、PCAについて、誤解されやすい部分を中心にわかりやすく説明していきますね。

 

 

PCAとは?

 

PCAとは、Person Centered Approachの略です。もともとは非指示的療法から、クライエント中心療法、PCAへと変化していきました。

 

PCAを用いたカウンセリングがPerson Centered Aproch to Therapy(PCT)であり、PCAはカウンセリングよりも広い概念で使われます。カウンセリングの他には、エンカウンターグループ(EG)などがその代表ですね。

 

それもそうで、ロジャースはPCAという言葉をセラピー以外の領域でのアイデアに使ったと言われています。

真の自己と自己との出会いを促進することによって、社会全体がより人間的に変化するように働きかけると考えました。

 

つまり、PCAは人間観であり、かなり広い概念であることが分かります。

 

PCAの誤解について

 

PCAを人間観としてとらえると、PCAに対する誤解を解きやすくなります。

 

例えば、「この人に対しては実現傾向信じるけど、この人には信じない」ということになると、PCAの人間観を信じているとは言いにくいですよね。人間観なので、基本的にはどのケースにも同じスタンスで関わるほうが自然です。

 

つまり、よく誤解されるところですが、PCAはただの技法ではありません。傾聴スキルだけ磨いて、「私はPCAができます!」と簡単に名乗れるわけではないってこと。

 

「じゃあ何を学べば良いのさ!」と言われそうですが、PCAを学ぶのであれば、技法や態度を学ぶよりも先に、背景にある考え方について知る方が理解しやすいと思います。

 

まずは、PCAの基本的な人間観について説明していきますね。

 

PCAの人間観について

PCAでは、人には自分をよりよく実現していこうとする最も根源的な唯一の動因である実現傾向があるとします。

 

ジャガイモが太陽の下ではすくすくと育つように、生命体は自らをよりよく実現していこうとする潜在的な力をもっています。

 

しかし、人間の場合は少し複雑。人は成長していくにつれて、他人からの期待などで縛られるようになり、素直な自己実現が難しくなります。

親や教師、友人の求めることを引き受けてしまい、本当の自分を見失うなんて経験したことありませんか?これが、価値の条件づけ。

 

 

テストで良い点とれて偉いわねえ(暗のメッセージとして、良い点をとれないアナタは嫌い)

 

〇〇くんって優しいよね~(暗のメッセージとして、優しくないアナタは嫌い)

 

など、他人にとって都合のいい条件の元だけで認められる経験を続けると、自分のありのままを否定して、他人に認められるような行動に縛られてしまいます。これは、PCAでいう不適応の状態。

 

心理学の授業などでよく見る、この図で説明される概念です。

 

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ちなみに、よく誤解されるのですが、この図は理想自己と現実自己を表しているのではなく、自己概念と体験(経験)についての図です。

 

自己概念とは、自分についての概念。アイデンティティと捉えてもいいかもしれません。

経験とは、個人によって意識される可能性を持つ、瞬間瞬間に個人の中で生起しつつある潜在的なすべての事象のこと。平たく言うと自分に起こるすべての体験です。

 

心理的な不適応とは、自己概念が個人にとって重要な意味を潜在的に持つ経験を正確に知覚することができずに、この構造の中に取り入れることができない状態のときに生じます。

 

強固でかたくなな自己概念は、それと矛盾・対立する経験を否認するか、歪曲して知覚してしまうから。

 

例えば、「私は読書が大好き!一人でいるほうが楽しい!」と思っている人にとっては、クラブに行くなんてありえないわけです。クラブに行ってしまうと、読書が好きで、一人で過ごすことが好きな自分という概念が崩れてしまうから。

 

逆に、心理的に健康な状態とは体験に開かれている、と表現されます。つまり、自己概念と反する経験があっても、自己概念を柔軟に変化し、その経験を取り入れることができる状態。

 

さきほどの例でいうと、「一人で本を読むのもいいけど、たまにはクラブに行くのもいいかな」と認められること。

 

なので、心理的不適応状態の人に対しては、価値の条件とは関係ない、ありのままを認められる環境を提供することが必要になってきます。

適切な環境の条件下では、人は実現傾向に従って成長していくから。ジャガイモが日陰にあって育たないなら、光を与えてやれば良いのです。

 

この、適切な環境というのが有名な「治療的人格変化の必要十分条件」の6条件。今回は、その中でも中核3条件と呼ばれる自己一致・無条件の肯定的関心・共感的理解について説明していきますね。

 

PCTの6条件について

1.二人の心が心理的接触を持つこと。

2.Cl(クライエント)は不一致の状態にあり、不安定で不安である。

 

3.Th.(セラピスト、カウンセラー)はその関係の中で一致、統合している。

 

自己一致とは、自分の中に起きている感情に対して、ありのままに気づき、受けとめる姿勢のこと。

 

Th(セラピスト、カウンセラー)はCl(クライエント)との関係の中で、自分の心の中での体験に気づいて、ありのままの自分でいようとすることが大切となります。つまり、Thが体験していることと、意識していることとが一致しているということ。

 

Thが嘘偽りの感覚をもって話を聴いていても、Clは「なんだかおかしいな…?」と不信感を持ってしまいます。

 

 カウンセリングの中で、Thは自分の中に生じる感情を必要に応じて表現します。ただ、これはClとの関係の中で生じた感情に限られ、カウンセリング外の人間関係や状況に関する感情を表現するのではありません。

 

もしもクライエントに対して否定的な感情を持った際であっても、無理に自分の感情を否認したり無視したりするのではなく、純粋で偽りのない姿であろうとすることが大切になります。

 

4.Th.はclに対して無条件の肯定的関心を経験していること

無条件の肯定的関心とは、Clに対して、評価したりするのではなく、ありのままを認めてあげること。褒めたり、Clを良くしてあげようとするのもダメで、あくまでありのまま。

 

なぜかというと、不適応な状態のClは、価値の条件づけに縛られているから苦しんでいるわけで、その呪縛を取り外すためにはTh.が無条件に関わることが必要だから。

 

そのためには、Clを信じることが必要になってきます。

赤ちゃんがはじめて立つ過程を温かい目で見守るように、その人の成長を信じて見守ることが、無条件に、肯定的に関わることにつながるのではないでしょうか。

無条件の肯定的眼差し、と言い換えてもいいかもしれません。

 

5.Th.はclの内的照合枠を共感的に理解しており、この経験をclに努めようと努力していること

内的照合枠とは、その人固有の世界の捉え方のようなもの。この内的照合枠を踏まえて、Th.はあたかも、Clが感じているように共感的に理解することが求められます。

 

ロジャースは、個人の人格を把握する上で、個人の内的照合枠から見ていこうとしました。

つまり、人格を個人の外側・外的な基準に照らして判断するのではなく、その人の知覚する世界から理解しようとしました。

 

例えるなら、めちゃくちゃ綺麗なモデルさんだから「顔のことで困ってはいないだろう」と決めつけるのではなく、モデルさんなりの美意識の悩みを捉よう、とすること。

 

また、ここでは共感的理解と書いていますが、共感的理解と共感は区別されるものです。

 

共感的理解とは、共感した上で、理解しようと努めること。共感だけならClの存在は無関係であり、理解という要素が加わって初めてTh.の行為となります。

 

ロジャースはオウム返し(リフレクション)するだけで共感していると批判されましたが、実はそうではなく、Clを理解しようとした結果としてリフレクションが出てしまうのだと言います。

 

「自分はClの感情をreflectionするのではなく、自分の理解が正しいか確かめている」とロジャースは述べています。

 

 

例えば、「~~が不安なんです。」と言われても、そわそわするのか、ドキドキするのか、押しつぶされそうなのか、全然わからないですよね。

 

この不安についてもっと聞かせてもらおうとすると「不安なんですか?」と、Clの言葉を使って正確にリフレクションする必要が出てくるのです。共感するだけのリフレクションと、共感的に理解するためのリフレクションでは意味が違います。

 

共感と口で言うのは簡単ですが、共感的理解をしようと思えば、Clから見た世界をあたかも同じように感じようとし、さらにClだけでなくTh内部の感情にも目を向けること、フェルトセンスを感じることが必要になってきます。

 

そう考えると、一口に共感と言ってもとても深い行為であることが分かります。

 

6.Th.の共感的理解と無条件の肯定的配慮が最低限clに伝わっていること

 

まとめ

ロジャースは中核3条件の関係について、共感的理解のベースには無条件の肯定的配慮があり、さらにそのベースに自己一致があるとしました。

 

3つバラバラの概念ではなく、深いところではつながっているということ、それはきっと、ロジャースの人間観が基礎にあるからではないでしょうか。

 

以上、わかったような口ぶりで話してしまいましたが、私もまだまだPCAを理解しきれていないので、修正点などあれば教えていただけると幸いです。

 

参考文献

人格およびその変化をめぐる理論的課題――ロジャース派人格理論の推移の検討を中心として―― 末武康弘 

 

Rogersの中核条件に向けてのセラピストの内的努力――共感的理解を中心に―― 中田行重 心理臨床学研究第30巻第6号 2013

 

私とパーソンセンタードアプローチ 伊藤研一・ほか

自己紹介と、臨床心理学を発信する理由。

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こんにちは、広大な海をバックに失礼致します。心理系大学院M2のsunao.と申します。

カウンセラーとして働くために、現在は大学院で臨床心理学を学んでいます。

 

今は現役大学院生としてバリバリと勉強している私ですが、ここまでたどり着くまでには、病んだり、尊敬できる人に出会ったり、ヒッチハイクで日本一周したり(?)、色んな経緯がありました。

 

そんなこんなで人生いろいろあり、今では【日本から孤独に悩み苦しむ人をなくしたい】という目的を持って心理学を学んでいます。 

 

ただ、日本に心理学は全然根付いていない現状です。いくぶんか、心のケアに対して寛容になってきた気はしますが、まだ心置きなく自分の心の弱さを認めること、また、心の弱さを人に見せることは難しいのではないでしょうか。

 

「私はまだがんばれる、甘えちゃいけない」と強がってしまったり、

 

「みんな頑張ってるのに、こんなことでクヨクヨするなよ」と人を責めてしまったり。

 

まだまだ日本は、人の心に対して厳しすぎるのでは?と思うのです。

 

そこで今回は、私が心理学に出会い、学んできた経緯について振り返りながら、今の日本の悪しき風潮について考察し、今後の心理学をどうしていきたいのかについて、綴っていきたいと思います。

 

 

 

中学時代

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(田舎のヤンキー校で育った)

 

私が心理学の道を志すきっかけとなったのは、中学生時代の体験からでした。

 

世の中学生諸君なら少しは分かってくれるかと思うんですが、中学生になると急に恋がトキメキだしたり、クラスでの派閥争いや、ヤンキーからのイジメがあったりして、悩みの種が増える時期じゃないですか?

 

もともと私が絹豆腐のような強度の心しか持ち合わせていなかったこともあり、中学時代は些細なことで悩んでばっかり。いわゆる「病み期」でした。

 

 

友達からキツい言い方された、実は嫌われてるんじゃないだろうか…

 

こっち見て笑われた気がする、何か陰口を言われてるんじゃないか…

 

など、そんなことばかり考えていた気がします。そこで誰かに相談できればよかったのですが、悩みを打ち明ける=弱さを認めているような気がして、自分の気持ちにフタをして、何も感じない、考えないようにしてヘラヘラと生きるように心がけました。

 

しかし、心の奥ではずっとモヤモヤした気持ちがつのっていくばかり。結局、誰にも相談できずに、1人で苦しみを抱え込み、さらに悩んで落ち込みの悪循環が続いて、どんどん視野が狭くなっていきました。

 

今となればスクールカウンセラーに相談すればよかったなとも思うのですが、当時の私にはその選択肢は皆無でした。

 

まず、カウンセリングなんて仰々しいもの受けたくないし、そもそも一度も会ったことがない人に相談するなんてもってのほかと思っていたから。

 

そんな時、孤立している私に声をかけて救ってくれたのは友人でした。

救ってくれたといっても、特にアドバイスをしてくれたわけではなく、

 

 

「うんうん、それは辛かったよね」

 

「そんなことがあったら、そう思っても当然だよね」

 

と、客観的な立場から「そんなことで悩むな」と意見するのではなく、私視点での物語を理解しようと、ひたむきに耳を傾け続けてくれました。

 

私がフタをしていた感情のことも認めてくれ、それによって私も自分を認めることができるようになりました。今思うと、これこそがカウンセリング。

 

「味方がいることが、こんなに心強いことなんだ」 と思い、また、私も誰かの味方になりたいと、強く思うようになりました。

 

その時の日本は、毎年3万人の自殺者が出る時代。私が3万人の味方になれば、自殺者は0になるんじゃないだろうかと、子ども心ながらに思いました。

 

「自殺者を一人残らず救いたい」と、決意表明を当時のデコログに書いた気がします。Yondaとコメントはあまりつきませんでしたが、ここから私の心理士を目指す人生が始まります。

 

高校時代

 さて、決意したところまでは良かったのですが、高校では人を救いたいという気持ちだけでは何もできないということを思い知らされ、大きな挫折を味わいます。

 

 中学で「話を聞いてもらうことで楽になる」ことを学んだ私は、今度は私が聞く番だぞと、ひたすら友達の話を聞き続けます。(単純)

 

しかし、熱心に話を聞いているだけでは問題は何も解決せず、「何の力にもなれていないんじゃないか…」と無力感を感じるようになります。

 

「ありがとう、聞いてくれるだけで嬉しいよ」とは言ってくれるものの、本当にこれでいいのだろうか…という不安。

 

そんな時、私がいつも仲良くしていた親友が薬をオーバードーズして自殺未遂を図った事件がありました。幸い、大事には至りませんでしたが、私の無力感を後押しする大きなきっかけとなりました。

 

大学

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(受験のときに立てた誓い)

 

想いだけではだめだ、勉強しなければと思い、毎日12時間ほど受験勉強していました。結果、大学に特待生として入学することが出来たのですが、あることに気づいてしまいます。

 

 

「心理学って、めっちゃおもんなくない?」

 

そうなのです。大学で学ぶ心理学は主に基礎心理学と呼ばれているもので、心理学史、認知心理学、統計など、なんだかよく分からないものたちばかりなのです。(完全文系脳)

 

大脳基底核…t検定…有意水準…もぅムリ…(割と初期段階でつまづいた)となってしまった私は、思いつめた結果、実家を離れて自分探しの旅にでます(?)

 

シェアハウスに住んでみたら年上の武闘家に夜な夜な襲われかける日々を過ごし、ルームシェアをしたら、ルームメイトが俺の米びつから米を奪って夜逃げしたりなどされました。今考えてもよく分かりませんが、そういうことです。

 

また、カウンセリング大国アメリカに行けば何かヒントになるかもという発想から、NYに住む日本人カウンセラー20人位にメールを送って、連絡がとれた4人にお話を伺いにNYに乗りこみます。

 

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(全然写真を撮らなかったので、とりあえずハイラインで自撮りしてみた) 

 

お忙しい中、みなさん真摯に私の話を聞いてくださりました。ありがとうございます…!

 

ただ、NYに行ったら「アメリカの文化・気質は日本では参考にならない」という割と当たり前な結論に至ったので、今度はヒッチハイクで日本一周します。

 

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日本中の人と話をする中で、心理学以外の視点について学んだり、人の暖かさにふれたり。

 

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(静岡駅で寝てたら、コンビニ弁当とお茶とお菓子と、ポケットからとり出した小銭121円くれた。) 

 

旅をする中で、やっぱり自分は心理学で人を支えたいなと改めて思いました。

心理学以外にも対人援助の仕事はたくさんあるんですが、一人ひとりに寄り添い、じっくりと関わり続けられるのが心理だと思うから。

 

 そんなこんなで一瞬ふらふらしましたが、今は真面目に大学院で授業・復習・実習・カウンセリング・自分の勉強・発信と、慌ただしく生きています。

 

心理学について発信する理由

 

今でも、中学のときに決めた目標の芯は変わりません。

日本から孤独に悩み苦しむ人を無くすこと。

 

そのための方法論として、カウンセリングを誤解なく広めること、カウンセリング文化を根づかせ、国からの補助を出させること、地域で支えるシステムを作ること等、やりたいことはたくさんあります。

 

今、学生のうちにできることは、勉強もそうですが、発信して有名になって心理学のイメージを変えることなのかと思っています。

 

「風邪なんやから休んどき」が言えて、

「うつなんやから休んどき」がなぜ言えないのか?

 

こんな日本おかしいよねっていうことを、伝えていければと思っています。

出来事について話さないカウンセリング。フォーカシングについてと、その活用法

「カウンセリングは何だか怖い」「悩んではいるけど、内容については話したくない」「言葉で説明するのが苦手」など、言葉を用いてカウンセリングしていくことはなかなか大変なことです。この記事では、イメージを用いたカウンセリングであるフォーカシングについて説明していきますね。

 

カウンセリングとはいえ、話したくないこともある

カウンセリングは、思っていることを言葉にすること、すなわち抽象的な感覚を言葉で表現することで具体的にすることを求められます。

 

しかし、この作業はとてもエネルギーを使いますし、自分が気づいていなかったこと、直視しようとしてこなかったことに向き合うことになるので、ショックも大きいです。

 

そんな時、「自分のモヤモヤした気持ちを吐き出したいけど、具体的には話したくない」という時にピッタリなカウンセリングがあるんです。それがフォーカシングという技法です。

 

フォーカシングについて

フォーカシングとは、カウンセリングの父、ロジャースの共同研究者であったジェンドリンが開発したカウンセリング技法です。クライエントの気持ちを具体的な言葉で落とし込むというよりかは、気持ちの感じに焦点を当てることを重視します。

 

例えば、「モヤモヤした気持ちがするんです…」というクライエントがいるとすれば、「それは身体のどのあたりに感じられますか?」「そのモヤモヤはどんな形ですか?どんな色ですか?」など、モヤモヤの感じを語ってもらいます。

 

それを繰り返していくうちに、不思議なことにそのモヤモヤがだんだんと変化していき、それに伴って自分の心も変化していきます。「モヤモヤがまるくなった」「モヤモヤが仲間になった」など、言葉では語っていないのに、自然と問題が解決してしまう技法です。

 

フォーカシングの技法について

それでは、フォーカシングの具体的なプロセスについて説明していきます。イメージを使うことが苦手な人は難しいかもしれませんが、軽い問題であれば友達同士でも扱えます。ただ、気分が悪くなればすぐに中止してくださいね。

 

フォーカシングの簡易版手順

 

ここでは、 フォーカシングを6段階に分けて説明していきます。

 クリアリングアスペース

お腹や胸のあたりなど、身体の真ん中・身体の内側に注意を向けながら、「どんな感じがするか」「最近気になっていることはなにか」など感じてみる段階。なにか浮かんでくれば、一言でいいので一つずつ確認していきます。

 

「あの仕事、今週中に片付けなきゃ」とか、「あのとき言われた一言が気になる」など、思いつくことを俯瞰的に見て、心のなかを整理するイメージ。問題と距離を置くと考えてもよいでしょう。

 

フェルトセンス

 クリアリングスペースで浮かんできたいくつかの気がかりや身体の感じを特定したら、その中から特に取り上げたいものを一つ選びます。そして、その気がかりを思い浮かべたとき、身体にどんな感じがするのか感じてみます。

 

例えば、「胸がつっかえる感じ」や、「もやもやしたものが残っている感じ」など、身体になにか感じられないか注意を向けてみる段階。

 

ハンドル表現

 フェルトセンスをバッグとすれば、ハンドルは「取って」の部分。「胸にモヤモヤした感じがある」と感じる場合、その「モヤモヤ」というのがハンドル表現になります。

 

ハンドル表現は言葉でなくても、オノマトペ、イメージ、動作、アート表現でもいいとされています。自分の感じにしっくりとする表現を探してみましょう。

 

ハンドル表現を響かせてみる

 しっくりくるハンドル表現が見つかれば、今度はそれを用いてみる段階。

 

何度か言葉で「モヤモヤ」と言って確かめてみたり、聴き手が「モヤモヤ」と伝え返した感じを感じてみたりして、「モヤモヤ」という表現で合っているか考えます。

 

問いかけ

 こうしてハンドル表現を響かせているうちに、ハンドル表現が変化して適切に言い表す言葉や表現が見出されてきます。このとき、自分の感じの意味が「わかった」という感覚を体験するときがありますが、これがフェルトシフトという現象です。

 

フェルトシフトを体験すると、何かが浄化されるような感覚や、涙や笑いが自然と起こったりすることもあります。

受け取る

 最後に、フェルトシフトという体験の変移によってもたらされた感覚を、大切にうけとる段階があります。最初は「腹が立つ」という怒りだったものが、「寂しい」という感情に変わることもあるので、話し手にとっては意外な、不思議な体験となりますが、それを否定するのではなく、しっかりと受け取ります。

 

心理学部で何を学ぶのか 勉強内容から活用方法、就職先まで

心理学はとても身近な存在でもありながら、大学で学ぶとなると、いまいち何を学ぶのかわかりにくいですよね。そこで今回は、心理学部でどんなことを学ぶのか、また心理学の活用方法や就職先についてまで紹介していきますね。

 

 

そもそも心理学とは?

 心理学とは、人の心を科学する学問です。心理学の種類はめちゃくちゃあるんですが、基礎心理学と応用心理学の2つに大きくわけられます。そして大学で学ぶのは、主に基礎心理学について。

 

心理学について、詳しくはこちらの記事で

psycheee.hatenablog.com

 

 

どんなことを学ぶのか

真っ先にイメージするのがカウンセリングと読心術だと思うのですが、カウンセリングはほとんどは大学院から学びますし、読心術を学ぶ講義は(たぶん)大学にはありません。

 

主に学ぶのは、心理学史・認知心理学・発達心理学・精神医学・神経心理学・統計・社会心理学・教育心理学・産業心理学などなど…

 

それぞれについて簡単に説明していくと、

 

・心理学史は今までどう心理学が発展してきたかの歴史。

・認知心理学は人の認知を科学的に扱う心理学。条件づけで有名なパブロフの犬とか錯視とか。

・発達心理学は人が人生でどう成長していくかの心理学。エリクソンの発達段階とか。

・精神医学は精神疾患(うつ病とか)について。主に症状について学ぶ。

・神経心理学は脳と言葉・認知との関係を調べるやつ。ロボトミーとか。

・統計は心理学の質問紙データとかをまとめるやつ。文系脳の人は死ぬ。

・社会心理学は集団でどう心が動くかとか。傍観者効果とか。

・教育心理学は先生が学ぶやつ。どうしたら生徒が授業聞いてくれるかとか。

・産業心理学はどうやったら商品が売れるかについての心理学。人ってスーパーを左回りで買い物するんだよとか。

 

 

などなど…。一口に心理学と言っても、とても幅広い学問ということは分かっていただけたでしょうか。

 

心理学部でよかったこと

「なんだ、心理学ってもっと面白くて役立つ学問かとおもったけど、そうでもないんだ~」とガッカリしたあなた、実はめちゃくちゃ面白いし役に立ちます。

 

心理学って、知識が幅広くて、身近な学問なので日常に活かしやすいんです。ただ、大学では日常への活かし方までは教えてくれないので、心理学の面白さを知らないまま卒業してしまう人が後を耐えません。

 

例えば、発達心理学は子どもの成長発達の遅れの発見に役立ち、成人に対しても人生における発達課題をどれだけクリアしているかの指標を学べます。

 

統計はふつうに心理学以外でも使えるので就職に有利。

 

産業心理学は「どんな広告が効果的か?」「人はどんな時に買い物をするか?」などを学べるので、これも就職に超絶有利です。

 

あと、心理学部だった人は分かると思うんですけれども、ベストセラー『影響力の武器』にかいてあることも、実は心理学部で学ぶかんたんなテクニックなんですよ。フット・イン・ザ・ドアとか一年生の時に学ぶレベル。

 

つまり、学部レベルで学ぶ心理学でも、活かし方次第ではすごいことになるのです。

 

臨床心理学を学ぶ上での基礎となる

もし、あなたが心理カウンセラーになりたいのであれば、心理学部を受験した後、大学院まで進学することをおすすめします。

 

発達・精神医学・心理学史…などなど、学部の時に学んだ知識はそのまま大学院での勉強の基礎となります。心理学部以外から大学院に進学してくる人もたまに居ますが、ものすごく大変です。

 

心理学部の進路や就職先は?

心理学部といっても、 進学して臨床心理士になるのはわずかで、一般企業に就職する人がほとんどです。

 

たまに法務技官・障害者職業センターなど、心理学を活かした職場に就職する方もいます。これらは学部卒で心理っぽいことができる就職先。

 

心理士の就職先は広いので、学部の時に安心して学んでおくべき

「臨床心理士になっても仕事がない」「心理士になっても未来がない」などと言われていますが、大学院まで進学してしまえば、意外と心理士としての就職先は幅広くあります。

 

スクールカウンセラー、病院勤務(面接・心理検査)、産業カウンセラー、就労移行支援施設、若者サポートステーション、家庭裁判所、児童心理治療施設、児童養護施設、療育、NICU、司法領域、公務員…などなど…(これでも一例)

 

教育・福祉・医療・産業・司法など、他領域にわたって就職先があるので、学部時代に広く学んだ知識は無駄になりません。

 

13歳のハローワークの人気職業ランキングで2位になるなど、心理士の人気がこれから上がっていくと同時に、就職先もより幅が出てくるでしょう。また、心理士は専門的な知識を持った対人援助職なので、AIに仕事を奪われることもなさそうです。もしあなたが心理学に興味があるのであれば、安心して心理学部に進んでくださいね。

【大論争】フロイト以降の精神分析の発展

前回は、フロイトが残したさまざまな理論について説明しました。

 

psycheee.hatenablog.com

 

今回はフロイト以後の精神分析について、自我心理学と対象関係論の論争から、どう発展していったのかについて説明していきますね。

 

アンナ・フロイトvsクラインの大論争

アンナ・フロイトとクラインは、フロイトの理論を引き継ぐものとして声を挙げましたが、二人の理論は食い違う部分が多く、大論争を引き起こすこととなりました。

大雑把にわけると、環境か、本能か。みたいな論争です。

 

自我心理学

自我心理学は、患者のポジティブな自我を支えること、発達は段階的なものとして考えることなどをフロイトから引き継ぎました。

 

そもそもフロイトは、時代背景もあり、主にブルジョワジーの患者を担当していました。つまり、外では働いたりして現実的に適応できるんだけれども、私生活ではコップの水を飲めなかったりするなどの、どこか苦しさがあるような人を対象にしてた。

 

つまり、自我心理学もフロイトの治療と同じように、本能などの非科学的なものよりも、もっと患者の健康な部分に目を向けていこうよ!っていうスタンスを取ります。

 

対象関係論

しかし、クラインから始まる対象関係論はそうは考えません。クラインはフロイトの本能論を引き継ぎましたので、環境よりも、より本能的な部分に目を向けます。「赤ちゃんはみんな精神病」のように、患者を病的に考えます。

 

また、子どもへのアプローチ方法の違いもアンナ・フロイトと食い違います。

アンナ・フロイトは段階的に発達を考えたので、子どもはエディプスコンプレックスを経験してから(だいたい5歳くらいから)解釈をすることができ、それ以前には環境を整えることのほうが重要と考えたのですが、クラインはそれ以前の子どもにもバンバン解釈します。

 

解釈とは、つまり新しいものの考え方を提供すること。解釈をすることで、子どもが考えられない考えを考えられるようにしていきます。プリエディパル(エディプスコンプレックスより前)の段階を扱ったということも対象関係論の大きな特徴です。

 

対象関係論のその後

大きな功績を残したクラインですが、その後にはクラインの理論を更新していく臨床家が現れます。その代表的なものがビオンとウィニコット。ひとりずつ説明していきますね。

 

ビオン

ビオンは、クラインの投影同一化のモデルを、対象との相互作用的・循環的なものとして新たに考え直しました。

 

クラインは投影同一化を病的なものとして扱いましたが、ビオンは投影同一化を治療的なものと考えます。簡単にいうと、投影同一化は赤ちゃんと、赤ちゃんをあやすお母さんの間で起こるようなものと考えます。

 

考えられない考えをお母さんに吐き出して(投影)、それをお母さんが受け止めて、穏やかな形で返していく(同一化)。これを繰り返していくことで赤ちゃんは自分の考えられない思考を考えられるようになるよっていうこと。

 

対象関係論について、詳しくはこちらの記事で 

psycheee.hatenablog.com

 

ウィニコット

ウィニコットは、そもそも赤ちゃんは一人では生きられないので、必ず赤ちゃんはお母さんとセット(ユニット)になっていると考えた人。

「子どもの発達はもっと穏やかだよ~~子どもが穏やかに過ごせるように環境(お母さん)を整えようね~~」というスタンスをとります。

 

発達早期の、お母さんから全面的に受け入れられるという肯定的な体験が、その後どんな状況でも安定した自我を保ち、健全な発達を支えるという重要な心理的基盤となっていくのです。

 

ウィニコットについては、こちらの記事で

psycheee.hatenablog.com