心ごと

精神分析学派それぞれの違いについて

こんにちは、心理系大学院生のsunao.と申します。

心理学を本格的に学び始めると、精神分析それぞれの学派に混乱したり、理論の難解さに困惑することになるのではないでしょうか。

 

この記事では、精神分析についての簡単な説明から、精神分析学派それぞれの考え方、それにあてはまる人物それぞれの理論について、詳しく説明したいと思います。

 

精神分析とは?

精神分析という言葉には、一般に3つの意味があります。

1つは、フロイトの夢判断や自由連想法に代表されるような、さまざまな心的現象の無意識的意味の解明方法、つまり精神分析的な方法です。

 

2つ目は、この解明方法を基本とした精神療法、つまり精神分析療法。

 

3つ目は、精神分析的解明方法と精神分析療法によってつくりだされた臨床経験の集大成、およびこれらの経験に関する観念づけと理論構成、つまり精神分析理論のこと。

 

精神分析療法と精神分析心理療法の違い

 

精神分析療法と、精神分析心理療法は似ているようで大きく異なります。違いとしては、

 

精神分析療法    カウチを用いて週4回以上行うことが必要

精神分析心理療法 対面式で週に1回行う。患者と向かい合って行い、対話のスタイルで患者の話したことに分析家が解釈をその都度行っていく。

 

といったふうに、精神分析心理療法は、元来の精神分析療法よりもカジュアルな感じで行うものです。現在では、精神分析療法よりも精神分析心理療法を行うカウンセラーが多いです。

 

フロイト心理学

 

精神分析の元祖、フロイト先生は、シャルコー・ブロイラー・メスメルなどから影響を受けました。

フロイトはその人間観において、性欲を重視しました。性欲を生きるエネルギーの根源として考え(欲動論)、性的なエネルギーのことをリビドーと呼びました。ここで言う性欲とは、狭義の、えっちな意味合いのものではなく、愛着や愛情、親しみ、ぬくもりなど、とても広い意味で使われています。

 

フロイト精神分析

フロイトは人の心について、さまざまなことを発見しましたが、その中でも一番大きな貢献とされるのが無意識の発見です。フロイトは、無意識下に抑圧されたものを意識下させ、患者がカタルシス(気づき)を得ることで神経症症状が治癒されると考えました。

 

この無意識という考えは後の心理療法に大きな影響を与えました。今でも、心理療法の基本は無意識にある考えに対して気づきを得てもらい、解決に導くという手法をとります。「自分の答えは自分が知っている」っていうことですね。

 

フロイト夢分析

 

フロイトの考えでは夢を願望充足の過程ととらえました。患者自身の抑圧された願望が夢となって現れますが、その抑圧された願望そのものが夢として顕在化してしまうことは抵抗を伴うため、超自我によって検閲が行われます。超自我の検閲によって形を変えた状態で夢となって現れるため、その夢を解釈するために分析家の力が必要としました。

 

ユング心理学

 

フロイトの弟子であったユングは、ブロイラー・ジャネなどから影響を受けました。

 

タイプ論

 

人間の性格を内向―外交という一般的態度や思想―感情、感覚―直観というそれぞれを対とした機能から論じました。

 

個人的無意識と集合的無意識

 

ユングは無意識には個人的無意識と集合的無意識の2つがあると考えました。

これらの無意識は意識に対して補償の機能を持っており、意識によって抑圧されたり排除された内容は夢やイメージ、症状などの形で現れます。

集合的無意識が意識に上ることはないが、元型というイメージのパターンとして意識化される場合があります。

意識に上った内容の中で最も創造的な面が認められるものを象徴といい、他にこれ以上適切な表現が考えられないものとされます。

 

○原型の種類 

ペルソナ・アニマ・アニムス・シャドウ・グレートマザー・トリックスター・老賢者・自己

 

ユング心理療法とその考え方

 

ユングは人格のあらゆる側面の可能な限り十分な表現として全体性を考えました。

人間には安定した状態を崩してまでも、より高い次元の統合性を求める傾向があり、意識と無意識を含んだ心の働きの中心としてあるのが自己であるとしました。そのような全体性へと向かう過程を個性化の過程と呼び、人生の究極の目的であるとしました。

 

また、ユングは無意識内容を探求する際、原因を探るのではなくその人の生がどこへ向かっているのかを考える目的論的視点をとりました。

 

 

心の中の状況と外的に起こることが合致してまとまることは、セラピーにおいて重要な意味を持つと考えられています。そのために、ユングは意味のある偶然の一致を重視し、因果律によらない規律である共時性を考えました。事象の原因を探るのではなく、何が起こりどのような意味を持ってそれらがつながっているのかという点に注目します。そこで重要になってくる考え方が布置(constellation)です。

 

布置(constellation)とは、一つ一つの事象や状況がそれだけでは何の関係もないようであってもあるときにそれらが一つのまとまりとして意味が内包されて見えてくることをいいます。ちなみに、constellationは星座って意味もあります。それぞれではバラバラの星でも、星座としてまとめることで意味が生まれるってこと!

 

 

ユング夢分析

 

ユングの考えでは、夢は患者の意識の誤りや未完成なところを知らせ、補ってくれるものです。ユングは夢を見た者の人格と対応させて考える主体水準の解釈と、夢を見た者の外界の生活状況と対応させて考える客体水準の二つの解釈があると考えました。

 

 

▼主体水準 無意識をたとえたもの  犬に吠えられるー焦り・苛立ち

▲客体水準 それ自身の存在     昔吠えられて怖い体験をした

 

夢の内容を連想する際、クライエントの夢と似たテーマをおとぎ話や神話などによって夢の意味を豊かにしていくが、これを拡充法といいます。

 

     

 

 

 

その他の精神分析

 

さて、フロイトユング以外にも精神分析家はたくさんいます。それぞれの学派についても説明していきますね。

 

 

自我心理学

 

自我発達に伴って防衛機制も発達すると考える学派。自我はエス超自我の間の調整機能だけ担っているのではなく、これらの葛藤から離れた自律的自我を持つと考えました。自律的自我は内的環境や外的環境に適応しようとする働きがあります。

社会との関係の中で刺激を受け適応していくことで自我が発達していくってこと。

アンナ・フロイトや、エリクソンなどが自我心理学派に当たります。

 

 

対人関係論(新フロイト派)

 

フロイトの欲動論について批判を行い、文化・社会関係を重視した学派。患者・治療者間の相互作用や人と社会の関係に重点を置いてパーソナリティ発達を考察しました。

Eフロムやサリヴァンが有名です。

 

サリヴァンの「関与しながらの観察」とチャムシップは有名ですよね。

サリヴァンは、児童期の終わり、前思春期の、性器結合を志向する情欲が動機付けの力を持ち始める直前、同性の親しい友人との間で結ぶ水入らずの関係(チャム関係)は「愛の全面開花にはなはだ近いもの」の始まりをもたらすと説明します。

 

このチャム関係は、乳幼児の優しさ欲求に始まる親密性の発達の致達点であるだけでなく、幼少期の家族経験に由来する欠乏、傷つき、歪みを修正する治癒力を持ちます。

逆にこれが築けないとパラタクシックな歪みが生まれ統合失調症になるとされます。

 

対象関係論

 

エディプス期以前における母子関係の自我発達の対象関係を扱う理論です。

対象関係論では、自我や現実適応や実際の対人関係に注目する自我心理学や対人関係論とは異なり、心の中の対象イメージと自我もしくは自己への関係を研究します。

 

対象関係論によって非言語の心理状態の理解が可能になり、BPO統合失調症の研究につながりました。

 

対象関係論について詳しく知りたい方はこちらの記事をどうぞ。

 

 

psycheee.hatenablog.com

 

 

対象関係論(中間学派)

 

クラインの「生と死の本能」による本能活動よりも心的発達での母子の交流を重視しました。

ウィニコットは母親をはじめとする環境の失敗こそが子供を相対依存へと向かわせる「脱錯覚」を引き起こすために重要であり、そのために「程よい母親」が必要であるとしました。

程よい母親の条件はだっこ・あやし・対象提示です。

 

その他の精神分析者たち

 

 

ラカン(鏡像段階)

 

幼児は一個のまとまりをもった他者像としての鏡像を通して自分の体の統一性を想像的に先取りして我が物にしていくと考えられています。そこで生後6ヶ月から18ヶ月ころのこの時期を鏡像段階と呼びました。

 

人間はいつまでも鏡像段階に留まることは許されず、成長するにしたがってやがて自己同一性や主体性を持ち、それを自ら認識しなければなりません。その際、言語の媒介・介入は不可欠です。主体性とは構造的に現実界象徴界想像界という3つの領界もしくは機能からなります。

 

 

コフート(自己愛心理学)

 

自己愛の発達過程では自己にまとまりのない断片的な段階から次第に「誇大自己」「理想化された親イマーゴ」と呼ぶ2つの自己愛構造が世話をしてくれる人物、特に親とのやり取りのなかで発達、変容していくとされます。そこでは親の役割として子供の鏡映転移や理想化転移に答えられることが大切と考えました。

 

鏡転移(鏡自己対象転移)

理想化転移(理想化自己対象転移)

双子転移(双子自己対象転移)

融合転移(融合自己対象転移)

 

 

スターン(自己感)

 

乳幼児の発達を新生自己感・中核自己感・主観的自己感・言語自己感からなる4つの自己感の発達という観点から、人生早期の他者との対象関係を述べました。

 

カウンセリングとは?まぎらわしいそれぞれの種類の違いから由来まで

根性論がまだ根付いている日本の気質もあり、うつ病や自殺問題などの心の病気が最近はよく問題に挙がるようになりました。そんな時、洋画などではすぐに「おいおいブラザーらしくねえな?カウンセリングしてきたらどうだ?」となりますが、日本ではまだまだカウンセリングがどんなものか分からずに、利用されていないのが現状ではないでしょうか?そこで、この記事ではカウンセリングについて、わかりやすく説明していきますね。

 

 

カウンセリングとは

 カウンセリングと一言に言っても、化粧の相談、進路相談、お悩み相談など、世の中にはいろんな形のカウンセリングがあって、困惑してしまいますよね。

 

カウンセリングとは、簡単に言うと「相手の話をじっくりと聞き、ニーズや答えを引き出す」ことなのかと思います。話をじっくりと聴く程度が違うだけで、おおまかなカウンセリングはこの法則に当てはまります。

 

心理カウンセリングでいうと、「相談者の話を聴いていく中で、相談者の中で頭の中を整理し、自分自身の答えを見つけていただく」ことになりますね。

 

次に、心理カウンセリングの種類について説明していきましょう。

 

心理カウンセリングの種類

 「心理カウンセリング」といっても、じつは細かく分けると【心理相談・ガイダンス的カウンセリング・心理療法・(狭義の)心理カウンセリング・精神療法・コンサルテーション的カウンセリング】の6つがあります。1つずつ説明していきますね。

 

・心理相談

 カウンセリングや心理療法のような深い相談というよりかは、職場や家庭、学校などの日常生活の問題に対する相談をあつかう時に使われます。「お悩み相談」のように、比較的気軽に相談できるものです。

また、単に話を聴くだけではなく、アドバイスや情報提供などを行う場合もあります。

 

・ガイダンス的カウンセリング

 心理相談の中でも、特に助言や指示を中心としたものをガイダンスと呼ぶことがあります。

 

心理療法

 カウンセリングよりも、さらに心の深いところの問題をあつかうのが心理療法です。神経症や精神病など、健全に日常生活を送ることが困難な方を対象にしていることが多いです。

 

・(狭義の)心理カウンセリング

 狭義の心理カウンセリングは、心理相談と心理療法の中間あたりを指します。日常生活をなんとか送ることはできるけれども、生きづらさや葛藤を抱えており、相談レベルでは対応できないような問題に対して、専門家が傾聴などを通してアプローチします。

 

・精神療法

 精神科医が行う心理療法や心理カウンセリングを、精神療法と呼びます。もしくは、心理療法よりもさらに深いところの問題をあつかう場合を指すこともあります。

 

・コンサルテーション的カウンセリング

 コンサルテーションとは、専門家が別の専門家に対して助言や指導を行うことです。例えば、スクールカウンセラーが問題行動をおこす子供について担任の先生に助言する場合などがコンサルテーションにあたります。

 

心理療法の種類

 今や、心理療法は400種類もあると言われていますが、その中でも大きく分けると精神分析認知行動療法(CBT)・ヒューマニスティック(主にPCA)の三つに分類できます。

 

精神分析

認知行動療法(CBT)

・ヒューマニスティック(主にPCA)

 

これらの心理療法によって、精神疾患の治療に当たります。

 

カウンセリングの由来

 そもそも、カウンセリングという言葉を最初に使ったのは心理学者のカール・ロジャーズとされています。それまでは、アメリカではフロイトのような精神分析学者が行う、重い精神病の患者に対して週5でガッツリ行うような心理療法が主流でした。

 

しかし、ロジャースは精神病などの重い病気を扱い・面接頻度も多い心理療法とは区別するために、カウンセリングという言葉を使いました。

 

その結果、カウンセリングがより手軽なものとして認知され、アメリカなどでより一層普及しましたが、日本ではカウンセリングがどんなものか分からない上に、カウンセリングと心理療法の区別も分からないという状況になってしまいました。

 

実際は、

 

心理療法     :主に中程度~重度の精神疾患を扱う

心理カウンセリング:健康だが悩んでいる人~軽度の精神疾患を扱う

 

ものとして区別されていますが、日本では心理療法と心理カウンセリングが混同されてしまい、「カウンセリングは、重い精神疾患の人がうけるもの」というイメージがついてしまった要因とされています。

 

 

どんなときにカウンセリングが必要?

 カウンセリングで扱う悩みの一例をあげると、「上司・家族・友人などとの人間関係について相談したい」、「自分の性格を見つめ直したい」、「子供の問題についてコンサルテーションしてほしい」、「緘黙やチックなど、心理的な要因で表れているとされるものについて解決してほしい」など様々です。

 

もちろん、実際にはもっと多くの悩みをあつかっています。多くの心理カウンセリングを行っている機関では、初回は無料で話を聴いてくれるところがほとんどですので、まずは一度相談にいってみるのもいいでしょう。

 

 

カウンセリングってどんなことをするの?

 とはいえ、私達はカウンセリングについてあまり馴染みがないため、「カウンセリングにいって何をされるのか分からない」という不安がありますよね。

 

カウンセリングの生みの親、カール・ロジャーズは「カウンセリングとは、こころの整理のお手伝いをすることである」と言っています。

 

カウンセラーは占い師のように、相談者に対してアドバイスをすることはありませんが、話を丁寧に聴いていく中で、相談者の「心の落とし所を見つける」ことを促します。

 

カウンセラーは相談者と一緒に、問題の解決を一緒に目指します。ただ、問題の根本的な解決というよりかは、本人の考え方の変化により「問題を問題と思わなくなることで」問題を解決します。

 

相談者が「これでいいか」という、自分なりの妥協点をみつけることで問題が解決することもよくあります。

 

 

カウンセリングの倫理

 

カウンセラーは心のデリケートな部分を扱う仕事ですので、カウンセリングを行う際には守秘義務が課せられます。

これは、「自殺の可能性や重大な犯罪が起こる場合などを除き、カウンセリングルームで知り得た情報は決して他人に話さない」というものです。もちろん、相談者の肉親ですら内容は漏らしません。

 

他にも、知り合いとはカウンセリングを行わない、面接頻度や時間は一定にする等、様々な決まりがあるのですが、これは全て相談者が効果的にカウンセリングを受けていただくためのことであって、カウンセラーの都合で勝手に決めていることではありません。

 

カウンセラーは、相談者が安心して、安全に相談できるように努めています。

誰にも相談できない、相談する相手がいない場合などにこの記事を思い出して「一度、カウンセリングをうけてもいいかな」くらいに思っていただけると幸いです。

知能検査と発達検査の違いって?歴史から知能指数・偏差知能指数の違いまで

こんにちは、心理大学院生のsunaoと申します。

大学院に入ったばかりの頃、知能検査と発達検査の違いがよくわからないことってあるあるじゃないですか?

 

ここでは、知能検査の始まりから、知能検査と発達検査の違いなどについて、詳しく説明していきますね

 

知能検査の始まり

知能検査の始まりは、1904年にフランスでビネーが「子供の知能を見て、通常学級か特別学級にふりわけるための」見極め検査として始まりました。

発達の遅れている子どもを見極めて、一人ひとりの子どもに合わせた教育をするためですね。

 

その後、正式な知能検査として、1905年にビネーの知能検査が発表されました。

その後も知能検査は発展していき、現在ではビネー式・ウェクスラー式の2つに大きく分かれています。2つの知能検査について説明していきますね。

 

2つの知能検査とその違い

 

 

・ビネー式

 

1905年に初めてできた検査では知能は測定できず、測定されるのは精神年齢のみでした。

精神年齢っていうのは、「5歳の子ならこれくらいできるよね~」っていうテストに合格したら「5歳並みの知能があるね!」って感じで測定するやつ。

 

この時のビネー式検査は、元々子供を対象にしていたこともあり、成人の知能機能の測定は想定されていませんでした。(あとから成人にも対応できる検査を作る)

ビネー式知能検査は、認識能力や全体能力を測定するため「総括的検査」と呼ばれています。

現在では最新の田中ビネー式Ⅴが使われています。

 

・ウェクスラー式知能検査

 

ウェクスラーは成人を対象にしたウェクスラー・ベルビュー検査が1939年に発表されました。

ウェクスラーは言語性・動作性の2つの知能を想定し検査を作成しています。

ウェクスラー式の知能検査には、成人用のWAIS、児童用のWISC、幼児用のWIPPSYがあります。

 

知能検査の変遷

1905年のビネー式知能検査が作られた時代では、大人は現代ほど長生きしなかったため、成人以降の研究にあまり興味がありませんでした。

そのため、知能検査は子供~成人までを対象にしていたので、発達は1歳より5歳、10歳より20歳のほうが優れているというふうに、年齢の加齢ごとに知能も比例して発達していくというものとして考えられてきました

 

しかし、実際には知能は加齢する事にだんだん下がっていく2次関数のグラフを取るので、単純な比例だけで考える知能検査では対応できなくなってしまいます。

 

そこで年齢だけでなく、同一集団の中でどれくらいの能力差があるのかについても求める必要が現れ、単純な知能指数を求めるビネー式知能検査から、偏差知能指数を求めるウェクスラー式知能検査へと移行していきました

 

IQ(知能指数)とDIQ(偏差知能指数)の違い

 

知能指数と偏差知能指数の違いについて考えると、ビネー式とウェクスラー式の決定的な違いが分かりやすいかと思います。

 

ビネー式知能検査で算出する知能指数は、以下のような式で表されます

この式は、年齢が上がるほど知能も上がるという過程の上でたてられていることが分かるでしょうか?

例えば、20歳の大学生の知能と、90歳のおばあちゃんの知能だと、大学生の方がより多くの問題を解けそうですよね。

 

ウェクスラーはこの問題を解決するために、偏差値という考え方を導入します。

平均から外れた分の値を計算し、そこから知能を計算することにしました。大学入試の模試などでも、このように平均値からの外れ値で成績をつけています。

 

ウェクスラー式の偏差知能指数の式は、こんな感じ。

 

これだと、20歳の大学生は20歳の大学生たちと、90歳のおばあちゃんは90歳のおばあちゃんたちのように、同じような知能をもつ集団と比較することで、より正確に知能を測定できるようになりました。

 

「天才も年をとると凡人になる」という言葉のように、発達による知能の変化まで考えて知能を測定しようとしたのがウェクスラーです。

 

ただし、今ではビネー式知能検査も、14歳以上の子供に対しては偏差知能指数で知能を測定するようにしています。

 

 

それぞれの知能検査のメリット

ビネー式などの単純な知能指数を求めるメリットとしては、ビネー式知能検査の方が検査は簡単で負担が少なく、また被検査者を飽きさせないような遊びの要素がつよいというメリットがあります。

 

ビネー式は、だいたいの発達だけが分かればいい時や、子どもの性質のため、速く検査をとりたいとき等に向いています。

ウェクスラー式は、知能をさらに4つの能力に大別しているので(群指数)、個人の知能についてより詳しく調べたい時に向いていると言えるでしょう。

 

発達検査

ただ、乳幼児などはうまく言葉を扱えないので、つみ木遊びや身体の発達、生活の様子などから知能を測る必要があります。知能+運動機能や生活機能、社会性なども含めたものを測る検査として、発達検査が生まれました。

 

知能検査は単純な知能をもとめる検査で、発達検査は運動機能を含めた知的発達をもとめる検査と考えると、2つの検査の違いが分かりやすいと思います。

年齢で言うと、発達検査は乳幼児~幼児くらいまでを対象とし、知能検査は小学校3年生以上くらいを対象とします。

 

さて、発達検査には主に新版K式発達検査2001、遠城寺式発達検査、津守稲毛式発達検査があります。一つずつ解説していきますね。

 

新版K式発達検査2001は直接検査と呼ばれるもので、検査者と対象者が一対一で検査に臨みます。つみ木やお絵かきなど、検査者との遊びを通じて検査を行うのが特徴的です。

 

遠城寺式発達検査は折衷式検査と呼ばれるもので、直接検査と関節検査を織り交ぜています。

 

津守稲毛式発達検査は間接検査と呼ばれ、保護者への聞き取りから検査を行います。子供に対して直接検査が行いにくい場合などに使われます。

 

 

【臨床心理士って必要なの?】心理士の専門性について

こんにちは、心理大学院生のsunaoと申します。

私は今臨床心理士になるために大学院で勉強しているわけなのですが、よく「心理士ってなんの仕事するの?」「心理学を学んで何ができるの?」など、けっこうな頻度で聞かれます。

 

それは心理士として働いてからも同じです。同じ職場の人にも、上司にも、クライエントにも、「心理士として何ができるのか」をしっかりと伝えられなくては、心理士として専門的な仕事ができなくなってしまいます。

 

そこで、ここでは心理士は何ができるのか、また心理士としての専門性について説明していきたいと思います。

 

 

 

心理士のしごとってなに?

 

 「心理士ってどんな仕事しているの?」と疑問に思われるかたも多いかと思います。正直、私もいまだに完全には把握しきれていません(てへ)

 

でも、それくらい心理士の仕事の内容は幅が広すぎて、それぞれの職場ごとに求められる業務内容が異なります。「人の心」を扱う仕事ですから、そりゃ幅が広くて当然ですよね。

 

日本臨床心理士資格認定協会さんが言うには、臨床心理士に求められている4つの専門業務というものがあります。【臨床心理査定・臨床心理面接・臨床心理的地域援助・上記の業務に関する調査・研究】なのですが、1つずつ簡単に説明していきますね。

 

臨床心理査定

 

種々の心理テストや観察面接を通じて、個々人の独自性、個別性の固有な特徴や問題点の所在を明らかにします。また同時に、心の問題で悩む人々をどのような方法で援助するのが望ましいか明らかにしようとします。

 

臨床心理面接

 

来談する人の特徴に応じて、さまざまな臨床心理学的技法(精神分析夢分析、遊戯療法、クライエント中心療法、集団心理療法、行動療法、箱庭療法、臨床動作法、家族療法、芸術療法、認知療法ゲシュタルト療法、イメージ療法など)を用いて、クライエントの心の支援に資する臨床心理士のもっとも中心的な専門行為です。

 

臨床心理的地域援助

 

専門的に特定の個人を対象とするだけでなく、地域住民や学校、職場に所属する人々(コミュニティ)の心の健康や地域住民の被害の支援活動を行うことです。

 

上記の業務に関する調査・研究

 

心の問題への援助を行っていくうえで、技術的な手法や知識を確実なものにするために、基礎となる臨床心理的調査や研究活動を実施します。高度専門職業人として、自らの専門資質の維持・発展に資するきわめて重要な自己研鑽に関する専門業務といえましょう

 

大きく分けて、これらの4つの業務が心理士の専門的な業務内容だと言えます。

ただ、これらの4つの業務すべてを1つの職場で行っているということは少なく、病院などでは心理検査がメイン、相談室などでは心理面接がメインなど、どれかの業務に偏って仕事をしています。

 

 

心理士は何ができるの?

 

では、業務内容がわかったところで、心理士は何ができるのかについて説明していきますね。

 

心理士は、薬を出すわけでもないし、占い師のようにアドバイスをして問題を解決するわけではありません。そう考えると、ますます「心理士は何ができるの?」となってしまいます。

 

私は、心理士は「人の心を読み解くこと、相談者が前を向いて歩き出せるように手伝えること」ができると思っています。

 

心理学大学院では、もちろん人の心についてしっかりと学んでいきます。その中で、フロイトなどの心についての理論をもちいて、相談者の心を読み解くヒントにします。

 

「心理士でも人の心を読むことはできない」のは間違いありませんが、「他の職業よりかは人の心を読み解くことはできる」のも間違いありません。

 

また、カウンセリングについての知識・スキルも学びますので、「相談者した人が心の中で問題を整理して、前へと進んでいくことを促せる」聴き方、関わり方ができます。

 

 

心理士の専門性とは

 

 心理士の専門性とは、「人の心を読み解くこと、またその情報をもとに援助をする、もしくは情報を共有して間接的に支援していくこと」だと思います。

 

心理士は、人の心を理解するための知識や、心理テストなどのツールを駆使して、人の心の深いところにまで考察を進めることができます。

また、心理療法やカウンセリングを用いて、相談者を直接的に支援することができるし、または知り得た情報を共有することは、学校・病院・会社など多くの領域でも有用だと考えられます。

 

例えば、学校では不登校児や非行少年、病院では精神疾患の患者さん、会社ではうつ病の方など、どの職場でも「心の問題を抱えているひと」は存在しますし、それらの方に対してケアや支援ができるのは心理士ならではなのではないかと思うのです。

 

 

 

もともと、私が心理士を志したのは、辛い時に誰にも相談できる大人がいないからでした。

そんなときに、せっかく学校にはスクールカウンセラーがいるのに、「カウンセリングはどんなものかわからない」「心理士ってどんな人?」などとわからないことばかりで不安に思い、相談できないことはすごくもったいないことだと思うのです。

 

心を読みとき、理解しようと努め、悩んでいる人にとって「この人は私を理解してくれる、私は一人じゃないんだ」という感覚をもたらしてくれる人が心理士です。

 

誰にも相談できずに、孤独で悩んでいる人を日本から無くすためにも、心理士としての専門性を押し出し、仕事を認めてもらう義務があります。そのために、このブログではこれからも発信し続けていきますので、これからもよろしくお願い致します(急にかしこまる)

対象関係論について

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こんにちは、心理系大学院生のsunaoと申します。

対象関係論は精神分析において重要な理論であるにもかかわらず、難解でわかりにくい理論であると言われています。どれくらい難解かというと、「対象関係論を深く学んでいくと最終的には宇宙が見える」と言われるほどです。どんだけ壮大な理論なの?

 

今回の記事では、心理学系大学生にもわかるくらいに噛み砕いて対象関係論を説明していきますね。

 

対象関係論ってなに?

 対象関係論とは、現代の精神分析に重大な影響をもたらした精神分析理論の一つです。

対象関係論では、自我心理学や対人関係論のように自我や現実適応、実際の対人関係に注目するのではなく、心の中の対象イメージと自我、もしくは自己への関係を研究しました。

 

また、対象関係学派のクラインは、先天的に存在する生と死の本能が生みだす無意識幻想が外界に投影されることによって内的対象が形成されるという考えかたをしました。これは、「内的対象は親子関係などの記憶や経験のつみ重ねによってつくられる」と考えた自我心理学とは逆説的な考えかたです。

 

対象関係論の考えかた

 対象関係論における、特徴的な考えかたは大きく分けて2つに思います。

 

エディプス期以前における母子関係の自我発達の対象関係を扱う理論であること。

 

フロイトはエディプス期以降に自我が発達すると考えたのに対し、対象関係論ではエディプス期以前に自我が発達すると考えました。

また、この考えから対象関係学派の人たちは統合失調症のClに対しても精神分析を行いました。

 

・「人の心の中には3次元的な内的世界がある。ここに対象が交流しているし、この内的の自己と対象の関係が投影されて現実世界での対人関係が形作られている」という考えであること。

 

この考えがまさに対象関係論って感じだし、初めて聞くと全く意味がわからない部分でもある。めちゃくちゃ平たく言うと、心の中の世界が現実世界の対人関係に影響しているよって話。 

 

例えば、幼稚園児が担任の先生ごっこをしているとして、その子供が演じる先生は「ありのままの先生」ではなく、「その子から見た先生」ですよね。

 

その子と先生の個人的な関係性が、心の中の先生像を作り出します。また、心の中の先生像を通して現実の先生を見ることで、ありのままではない、限定的に切り取られた先生を生み出します。この内的な世界を扱っていくのが対象関係論。

 

これらの対象関係論の考えかたによって、遊戯療法の発展や、境界例のClや統合失調症のClの研究など、大きな貢献をのこしました。

 

次に、不安の変遷を通して、対象関係論における子供の発達段階について見ていきましょう。

 

不安の変遷

 対象関係論では、赤ん坊の不安は【破滅―解体不安→迫害不安→抑うつ不安】と、大きく3段階に分かれて変遷すると考えられています。ひとつずつ見ていきますね。

 

◆破滅―解体不安

 

 ここでは、ビオンの母子交流モデルを使って説明していきます。

 

赤ちゃんは、生まれて間もない頃には目も見えず、何が何だか分からない状態です。

 

ここで、赤ちゃんの空腹感やオムツの不快感などは、赤ちゃんにとっては「何か分からんけどめっちゃ嫌なもの」として不安を煽ります。

 

そして、不安を感じた時に、泣くなりしてお母さんが来てくれると落ちつきます。ここでは、赤ちゃんの中の不安はお母さんに投げ入れられていると考えます。

 

自分の中の不安な感覚を、お母さんがしっかりと理解してくれ、肉体的にも精神的にも受けとめてくれることで赤ちゃんの不安が解消されるのです。

 

これは大人でも同じで、受け止められないくらい嫌なことがあったら人に相談したり愚痴を言ったりしますよね。

ここでも同じように、相談相手に強い不安を投げ入れることで自分の中の不安を和らげようとしているのです。 

 

こうしたやりとりの中で、赤ん坊は自分の中にあるバラバラの感覚―情動―体験を「ひとつの特定ななにか」として同定していきます。

 

「何かわからんけどめっちゃ嫌なもの」から、空腹の不快感、オムツの不快感として区別して認識され、より詳しく理解されていくのです。

 

お母さんに投げ入れられた不安も、もともとは赤ちゃんのものであり、またお母さんを通じて赤ちゃんに戻されなくてはなりません。その際、赤ちゃんは和らげられた不安を自分の中に戻すだけでなく、不安をうけとめる役目としての心のポケット、コンテイナ機能も取り入れます。

 

こうしたお母さんとの関係の中で、赤ちゃんは不安が和らげることができ、自分の気持ちに向き合えるようになっていきます。

 

◆破滅―解体不安から迫害不安へ

 破滅―解体不安という、たまらなく不安で、何かよくわからない悪いものが自分の内側から自分をバラバラに断片化してしまう恐怖からなんとか逃れようと赤ちゃんはあがきます。

 

そこで、愛情に満ちた安心できるよい自分(部分)を高めていきます。また、その良い自分を、「自己全体を破壊しこなごなにしてしまいそうな攻撃性に充ちた悪い自分(部分)」から隔離することで守ろうとします(分割splitting)。

 

こうして、良い自分悪い自分の分割が行われます。

 

良い自分とは、ミルクを飲むように、良い自分の中によい対象を取り入れ、同化することで育ちます。

逆に、悪い自分は、尿や吐物を体から出すように、悪い自分を悪い対象群の中に投影し、排泄することで育ちます。(自分の中の破壊、解体不安を隔離する)

 

この悪い自分を押しつけた悪い対照群は、自分を攻撃してくるように感じられます。このようにして、自分の破壊―解体不安から、対象群からの攻撃という迫害不安へ変化します。

 

妄想―分裂態勢の要素○

  1. 迫害不安(妄想性の不安)
  2. 自己や対象の分割と断片化/部分自己、部分対象群
  3. 分裂機制:分割、投影同一化、原始的理想化
  4. 自己と対象との融合/象徴機能の消失
  5. 思考の具体化
  6. (身体感覚に近い)より未熟な感情

 

◆迫害不安から抑うつ不安へ

 この段階になると、おっぱい・笑顔・腕などの母親(部分対象群)が一人の母親(全体対象)にまとまっていきます。

 

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つまり、外界と内界での対象が区別されていながら、それぞれの全体対象が結びついている、より現実的で安定した内的世界にかわっていくのです。

 

今までは「機嫌のいいお母さん」「機嫌の悪いお母さん」がそれぞれ別のもので、悪いものに対しては嫌いで攻撃的な態度、いいものに対しては好きで愛情的な態度をとっていました。

 

しかし、実は悪いお母さんもいいお母さんも同一人物であることを知ると赤ちゃんは「私が愛している人に対して、私は傷つけるような行為をしてしまった」と気づいてしまい、ショックを受けます。(抑うつ状態)

 

良いおっぱいと悪いおっぱいの結合という全体対象への変化により、自己の攻撃性への悔い・自責感/良い対象への寂しさ・思い焦がれ/償い・修復願望が生まれるのです。

 

この段階の重要な課題として、悪い自己のとりいれがあります。分割していた悪い自分も自分の一部なので、良い自分と悪い自分を1つにまとめなければなりません。

 

つまり、生後まもなく取り扱えなかったゆえに内的対象に向けて排出された自己の破壊性を、大きな愛情欲動のもとに新たな形で自己のなかに包み込んでいく作業です。強化された生の本能が、死の本能の支配下にある自己を内包しようとしているってこと。

 

抑うつ態勢の要素○

  1. 抑うつ不安(罪業感、悲哀、自責、熱望、寂しさ、哀悼、悔いなどの痛々しい感情体験)
  2. ひとつにまとまっている内的全体対象と全体自己。この対象は死んでいる/死にかかっている対象、傷ついている対象でもある。
  3. より成熟した心的メカニズムが働く:分割の減少、具体性を持つ過度な投影同一化の減弱、過度な理想化の修正。すなわち、統合に向けて心的機制が使われる。
  4. 自己と対象とが分離している(投影同一化による自己と対象の混在が修正される)
  5. このことによって象徴機能が作動し、思考機能が成熟していく:抽象思考ができる。
  6. 愛情表現に基づくより成熟した感情の発達:思いやり、気配り、償い、感謝。

 

 

対象関係論に基づく治療

 精神分析では、幼児期などに精神的なダメージを受けたり、乗り越えられない課題があった時点を固着点と呼び、治療の際にはこの固着点の段階まで戻ります。精神病圏内のClは固着点が幼児期にあるため、精神病圏内の心理療法は対象関係学派が得意としています。

 

ただ、成人した健康な人でも、痛ましさや不安を体験していく時には全体自己でいられず、自己と対象を分割してしまうのです。下の図のように、すべての人は対人関係で2つの心的態度のどちらかをいつでもとっており、この2つの態勢にあわせてカウンセラーはClと関わっていきます。

 

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2つの学派

 対象関係論にはクライン派と独立学派の2つの学派に分かれています。

2つの学派の違いについて詳しく見ていきましょう。

 

クライン派

 クライン派は、自己と対象はときに融合してしまい区別がきえてしまうことはあるとしても、出生時にはすでに両者間での分離がもともとなされていると考えます。

 

つまり、分離した自己は出生時すでに存在しているので、精神病者でもそうした分離した自己に話しかける解釈がその自己を成長させると考えるため、無意識の思索や感情を伝える言葉による解釈を行います。

 

◆独立学派

 出生時には自己と対象は渾然一体となっており、母親の世話の中で両者が分離してくると考えます。ウィニコットは「一人の赤ん坊は存在しない。ひとつの赤ん坊―母親関係だけしか存在しない」と言っています。

 

つまり、自己と対象の分離はもっと成長した時期と考えるため、言葉による解釈ではなく非言語的な支持や安全な精神身体環境の提供を行います。

 

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参考文献

 

対象関係論を学ぶ――クライン派精神分析入門―― 松木邦裕 岩崎学術出版

精神分析体験:ビオンの宇宙――対象関係論を学ぶ立志編―― 松木邦裕 岩崎学術出版

現代対象関係論の展開――ウィニコットからボラスへ―― 舘 直彦 岩崎学術出版

 

自分をうまく表現できない人のためのアサーションスキル

「相手の顔色を気にしすぎて自分の意見がいえない…」「本当に自分が伝えたいこととは違ったことを言ってしまう」等、自分の意見をうまく相手に伝えられずに、喧嘩になってしまったり、関係がギクシャクしてしまったなんて経験、ありませんか?

ここでは、自分も相手も尊重したコミュニケーションである、アサーションスキルについて学んで、気持ちのいいコミュニケーションができるようになりましょう。

 

 

 

コミュニケーションにおける3つのタイプの特徴と問題点

 

 人と人のコミュニケーションは大きく【攻撃的・非主張的・アサーションの】3つに分けられるとされています。一つずつ説明していきますね。

 

・攻撃的

 

攻撃的とは、自分の意見や考え、気持ちをハッキリと言うことで、相手の良いぶんや気持ちを無視・軽視して、結果的に相手に自分を押し付けるような言動をいいます。

 

これは、一見するとハキハキものを言っているように思えますが、実際には自分のことだけ考えて他者を踏みにじるコミュニケーションであり、関係性をギクシャクさせてしまいます。

 

・非主張的

 

非主張的とは、自分の気持ちや考えを表現しなかったりしそこなったりする言動をいいます。また、あいまいな言い方、言い訳がましい言い方も含まれます。

 

自己主張をせずに、自分よりも他者を常に優先し、自分のことを後回しにする背景には、「どうせ言っても分かってもらえない」など、自信のなさや卑屈な気持ちがあります。

 

また、自己表現はしていないけど、相手に自分の気持ちを分かってもらいたいという、相手に対する甘えの気持ちもあるので、「譲ってあげたのに分かってくれない」と不満を持つこともあります。

 

このコミュニケーションを続けていると、自身が我慢することが多くなり、不満や恨みがたまり、急に爆発することで「何故かわからないけど急に関係性がわるくなった」ということになり、結果的には相手にも被害が及びます。

 

アサーション

 

アサーティブとは、自分も相手も大切にした自己表現です。自分のことをまず考えるが、他者をも配慮するコミュニケーションとも言えます。

 

アサーティブなコミュニケーションでは、自分の気持ち、考えが正直に、その場にふさわしい方法で表現されます。そして、相手も同じように表現することを推奨します。

 

ただ、お互いが自分の気持ちに素直に表現することで、意見が食い違って葛藤することも出てきます。しかし、その葛藤に対しても、無理に自分を通したり、過剰に譲るのではなく、お互いが自分に正直に、でも相手の意見も尊重するような姿勢がアサーションです。

 

アサーションとは、お互いが意見を出し合って、その上で譲ったり譲られたりしながら双方にとって納得のいく結論をだそうとすることです。

 

ここで、それぞれの3つのコミュニケーションについて、具体的にどういうコミュニケーションが行われるのかについて見てみましょう。思春期の子供が深夜に帰ってきたときの親子関係を想定して考えると、

 

いきなり「今何時だと思ってるんだ!!」と怒鳴るのが攻撃的。

 

子供が帰ってきたのを見て、何か言いたい気持ちはあるけど、何も言わずに黙って眠りにつくのが非主張的。

 

「心配したよ、電話してほしかったな」等、相手を責めるのではなく、しかしハッキリと自分の気持ちを伝えるのがアサーションです。

 

こうしてみてみると、アサーティブな自己表現をすると、自分の気持ちを素直に伝えつつ、相手にとっても気持ちの良いコミュニケーションになっていることがわかります。

 

 

どうしてアサーティブなコミュニケーションができないのか?

 

 それでは、なぜ私達はうまく自分を表現できないのか、その原因についてまずは考えてみましょう。

 

・自分の気持ちが把握できていないから

 

まず、自分の言いたいことが自分でもハッキリつかめていないときにはアサーティブになれません。なぜ自分の気持を把握できなくなるのかというと、人間は、表現しない気持ちはだんだんと忘れられてしまうからです。

 

人間は成長するにつれて、自分の気持ちを聞き入れてくれない親や、先生の態度・言動に接して、素直な自己表現をしなくなります。自分の正直な気持ちを表現しないまま成長してしまうと、自分の気持ちに向き合うことも少なくなり、結果的には自分の正直な気持ちを忘れてしまいます。

 

・結果や周囲を気にしすぎるから

 

自己表現で重要なことは、言いたいことが伝わるかどうかではなくて、自分の気持ちが適切に言えるか否かです。なぜなら、伝わるということには、自分の伝える行為と相手の受け取る行為の両方がかかわっています。

 

つまり、自分の気持ちが伝わるかどうかは受け手しだいなので、伝わらないことは自分だけのせいではないし、伝わらないことを恐れて仕方がないのです。

 

気持ちを受けとる行為は相手のものであり、受けとるかどうかは相手が自由に判断するものです。そのため、私達は結果や周囲を気にしすぎるのではなく、自分の気持ちを表現することにエネルギーを注ぐことが重要になります。

 

・自分の権利を使っていない

 

アサーションとは基本的人権の一つです。「自分がやりたいことを言うことは人権として許される」ということをきちんと理解していれば、自分が過度に相手に合わせる必要もないし、反対に、相手に自分の要求を無理におしつけることもできません。

 

例えば、夜中の2時に友人から泣きながら「婚約破棄された、電話で愚痴を聞いてほしい」と連絡が入ったとしましょう。しかし、こちらも明日は朝早くから大事なプレゼンがあり、じっくりと話を聞く余裕はありません。

 

その際に、「相手は自分の申し出に対して、同意する権利もあるし、さらに別の提案をする権利もある」ということと、「相手の意見によって、また自分の次の考えを言えばいい」ということを知っていれば、お互いにとって納得できる結果まで話し合うことができます。

 

「明日は大事なプレゼンがあって、しっかりと話は聞いてあげられない。今から10分だけ話を聞かせてもらって、続きは明日の夜でもいい?」と提案し、それに対する相手の応答を受けて、また自分の意見を伝えることを繰り返すこと。これが話し合いであり、対等な人間関係であると言えるでしょう。

 

アサーティブに自己主張するための方法

 

アサーティブになれない原因がわかったところで、次にアサーティブになるための方法を学んでいきましょう。

 

・自分の気持ち、考えをつかむ

 

さきほど、自分の気持ちをきちんと相手に伝えるためには、自分の気持ちを明確にする必要があると言いました。

しかし、非主張的な気分になっていると、素直な自分の気持ちがどこかへ消えてしまうことがあります。また、攻撃的な気持ちだと素直な自分の気持ちが歪んでしまいます。

 

そこで、自分の気持ちや考えを捉えるために、「私は」と主語をつけて文章を言うと効果的です。

 

「私は」にらまれたと思ったから嫌な気持ちがした。

「私は」違う意見を持っている。

など、「私は」を主語にして文章をつくると、自分の気持ちや考えが明確になってきます。

 

また、相手に気持ちを伝えるときにも、「私は」をつけるだけでマイルドになります。自分の気持ちや考えを相手に脅威をあたえずに伝える際にも有効な手段です。

 

・DESC法を使う

 

DESC法とは、アサーションスキルの一種で、DESC法を使うことで簡単にアサーティブな自己主張ができるようになります。ひとつずつ解説していきますね。

 

・D describe(描写する)

客観的、具体的に、自分が対応しようとする状況や相手の行動を描写する。

 

・E express explain empathize (表現する、説明する、共感する)

状況や、相手の行動に対する自分の主観的な気持ちを表現したり、説明したり、相手の気持に共感したりする。

 

・S specify (特定の提案をする)

具体的、現実的、かつ小さな行動の変化の範囲で、相手に望む行動や妥協案、解決策を提示する。

 

・C choose (選択する)

肯定的、否定的結果を想像して、それに対してどういう行動をするか選択肢を示す。

 

例えば、会議の席で、タバコを吸っている人が何人かいて、タバコの煙が苦手な自分が困っている場合についてDESC法で考えるとこうなります。

 

D 会議が始まって1時間も立ったので、会議室がタバコの煙でいっぱいですね。

E 私はタバコを吸わないので、喉が痛くて、頭もボーッとしてきました。

E タバコを吸わないと集中しにくい人もいるかと思いますが、

S しばらく休んで空気をいれかえませんか。

C そうすれば、みんなが気持ちよく、会議を続けられると思います。もし休憩をとるのが無理ならば、窓を開けて、しばらくタバコをやめていただけますか。

 

アサーションの表現に困ったときは、DESC法にならって考えるといいですよ。

 

過去と他人は変えられない

 

アサーティブに自己表現し、自分も相手も尊重した気持ちよいコミュニケーションをするためには、自分の気持ちを素直に表現すること、また、お互いの意見を尊重すること、コミュニケーションは食い違ったり、伝わらないこともあることを理解しておくことが重要です。

 

過去と他人は変えられませんが、自分が素直に表現することは自分にとっても相手にとっても必要なことです。アサーションスキルを身につけて、気持ちのよいコミュニケーションを心がけてみましょう

エリクソンの発達段階について

こんにちは、心理大学院生のsunaoと申します。心理学を学んでいく上で、基礎知識として学んでおかなければならないエリクソンの理論。学部のときに学んだっきり、すっかり忘れてしまった人も多いのではないでしょうか?ここでは、エリクソンの考えかた、フロイトの発達理論との違い、エリクソンの各発達段階について詳しくまとめてみようと思います。

 

 

 

エリクソンの考え方

 

まずは、エリクソンについて詳しく理解していくために、エリクソンさんに特徴的な理論について紹介していきますね。 

発達理論

 

エリクソンさんは「精神分析は、その基礎である生物学的論述(フロイトさんの理論)がなければ有用な研究体系として存続することはできないと思う」と述べています。

この言葉からも分かるように、エリクソンの発達理論はフロイト理論の生物学的基礎の上に構築されています。

 

エリクソンは、フロイトの発達段階を参考に、生物学的な視点と社会から求められる役割、それを受けた人の作用について発達段階にまとめました。

 

ただ、フロイトの発達理論との違いとしては、社会的な視点と生涯発達心理学の視点が挙げられます。

 

エリクソンは、フロイトの生得的なリビドーの展開に基づく精神・性的発達段階に対し、歴史的・文化的・社会的な視点を加えた心理社会的発達段階を提唱しました。

 

また、フロイトも含めて発達というのは思春期までに終わると考えられていたのに対し、エリクソンは生きている限り人は発達し続けるものだと考えました。

 

生物心理社会

 

 人間の危機の理解や治療にあたって、精神分析的アプローチとしては、身体的・精神的・社会的という3つのアプローチが必要だと述べています。

 

人間は、常に1つの有機体(身体的)であると同時に、1つの自我(精神的)であり、1つの社会構成員(社会)なのです。

 

生活の中で悩み等が現れた場合、その悩みを理解するためには1つの問題を3つの側面から見ること、また3つの相互作用を考えるべき

 

漸性発達

 

エリクソンさんは身体の成長には順序性があるように、精神の発達にも順序性があるとしました。

 

また、人間の機能様式にはそれぞれに優先的に発達する時期をもっていて、この発達の時期を逃すとその機能は永久に変形を受け、また次の段階の機能の発達に影響を与えます。

 

つまり平たく言うと、各発達段階の課題を達成できなかったら、次の段階には行けないと。「落ちこぼれは一生落ちこぼれなんだよ!!」と言われている気分です。エリクソンさん、なかなか手厳しい。

 

 

 心理社会的発達段階

 

それでは、エリクソンさんの重要な理論である心理社会的発達段階について、1つずつ解説していきますね。

 

基本的信頼vs不信  (口唇期) 0歳~2歳

 

エリクソンがここで言う信頼とは、必要物(ミルク)を供給してくれる外的存在(母親)がいつも同じであること、連続性を有していることなどを、乳児が期待することを学んだということです。

 

信頼を獲得することで、母親が予測できる外的な存在になり、母親が見えていなくても心配したり怒ったりしないで受け入れることができるようになります。

 

また、信頼には「自己を信頼し、さまざまな衝動に対処する自分の諸器官の能力を信頼する」という意味も含んでいます。

 

このような経験の一貫性や斉一性、連続性が自我同一性の基本的感覚を準備すると考えられています。

 

つまり、養育者からの扱いが支持的で一貫性があれば、子供は安心感を得て外界や自分自身を受け入れられるようになるってさ!確かに、親が気分でコロコロ変わる人だと子供も不安定になっちゃうよね!

 
自律性vs恥と疑惑  (肛門期) 2~3歳

 

この段階では、子供は筋肉、言語、識別力などが急速に発達し、立てるようになることで、自分と相手を区別するようになります。相手を意識するようになることが恥の感覚に繋がります。

 

 また、この時期の子供は、自分でやりたいということが増える時期でもあり、トイレットトレーニングなどの要求が増える時期でもあります。

 

外からの欲求と自分の内からの欲求のバランスがうまくとれていないことに対する恥の感覚と、不能感や自分自身をコントロールできていないことに対する自分への疑惑の感覚を乗り越えることが求められます。

 

エリクソンさんのいう自律とは、「自分の行動をうまくコントロールすること、自由に選択すること。」自律性を獲得するということは、自分に「できる」ことを「意図する」ようになり、「強制された」から「意志した」と感じることができるようになるということです。

 

この段階の徳目は自由意志の感覚であり、これは自尊心を伴った自己制御感(コントロール感)から生まれてきます。

 

逆に、厳しすぎるしつけ、または少なすぎるしつけは子供の自己統制感をなくしてしまうから要注意。また、過保護や、過度な叱責は、要求に応えられないことへの恥ずかしさや自分自身の能力に対する疑惑を生みます。

 

子供の自律性を育むためには、両親は子供の「独立したい」という子供の欲求を励ますと同時に、親自身が自立的存在としての威厳を保つことが必要です。

 

自発性(積極性)vs罪悪感  男根期  2,3歳~4歳

 

 この時期の子供は、人格的にも身体的にも1つにまとまる段階。あらゆるものへの新しい希望、新しい責任が生まれます。

自発性とは、「外的・内的なバランスを保ちながら行動できていること。」また、自発性は「積極性、主体性、目的性」という側面も含んでいます。

 

運動能力の発達から、自発性はさらに増えます。また、自発性が生まれると人と競争するようになります。

ここで敗北を重ねると諦め、不安、罪悪感が生まれます。また、子供の自発性に対して禁止や非難をすることも罪悪感に繋がります。

 

ここでは、子供の自発性を励ますことで、自発性をさらに増やすことになります。

 

この時期はフロイトの言うエディプスコンプレックスの時期でもあるので、子供は幼児性欲、近親相姦のタブー、去勢コンプレックスなどが全て結合して危機となります。

 

そのため、この時期の子供は去勢コンプレックスを紛らわすために巨人や怪獣になる妄想や遊びをよく行います。強いものが怖いから、逆に強いものに自分がなる妄想をするっていう考え。

  

ここでは、子供は空想と現実の区別があいまいなので、迫害的な空想に悩まされている場合には、現実と空想の区別をしっかり教える必要があるといっています。

 

勤勉vs劣等感  潜伏期 5,6歳~11,12歳 

 

この時期の子供は、認知的発達とあいまって、好奇心が外界に向き、学ぶ喜びを見出す段階。

この年齢になるともう立派な小学生ですので、子供は社会(学校)の要求する技能(勉強)や価値観を習得することが必要とされており、その中で何かをやり遂げ、他者に認められることを通じて自分の良さに気づき、勤勉性を発達させ達成感や満足感を得ます。

  

勤勉とは、「なにかものを上手に作ることができる」という感覚であり、「自分には能力があるのだ」という感覚。

この感覚が無いとどんなにチヤホヤされても自分のしていることには何かが欠けているという感じに付きまとわれ、劣等感、不適格感に悩むことになります。

 

この段階で得るべきものは適格感、能力感です。 それは課題をめぐる真剣な競争において道具や知識や技能を自由に使えることであり、この適格感を欠くと強い自我はありえません。

 

自分が社会の中で強く存続していくことを自覚し、物を生み出すことによって人から認められようとする時期です。

自分なりの努力を認めてもらえなかったりすると、学ぶ喜びを見いだせず、劣等感を感じる 劣等感の継続は児童期の危機になります。  

同一性vs同一性拡散  性器期

 この時期はバリバリの思春期真っ只中。子供にとっては、他人にどう見られているかが最大の関心になります。クラスに一人は、いっつもマスクしてる人いなかった?

 

エリクソンがいう同一性とは心理社会的同一性であり、幼い頃に習得した役割や技術(自分の能力)を、現在の職業的規範(社会が求める役割)とどう結びつけるかが重要となります。

 

もっと平たく言うと、自分ができることや、やりたいことと、求められていることの内容が一致している経験の積み重ねが自分というアイデンティティを作るってこと。

 

この時期にもなると、「私は〇〇である」といった所属では満足しきれず、生きがいや価値観のレベルを求めるようになります。

 

思春期の子供は、自分の芯の部分はなにか、自分が何者なのか模索する時期です。自分が分裂するのを防ぐため、集団に同一化することがあります。この時期は特に、ぼっちになるの辛かったよね、分かる

 

 

また、自分という人間が確立できていないので、自分とは異なった物を持つ人を遠ざけ、自分に似た人たちとつるむようになります。「お互いGReeeen好きとかウチら双子じゃん?マジ我等友情永久不滅卍」とかしてたよね、分かる

 

自己の内的な斉一性、連続性が、職業などの契約に明示されているような自分の存在の意味における斉一性、連続性に一致しているという確信の積み重ねがアイデンティティの確立になっていきます。

 

また、エリクソンはこの時期の青年は献身的な態度を本能的にもっており、その子供にとって尊敬できる大人や友人に対して忠誠を誓ことで、忠誠心を養うといっています。

 

親密性vs孤立

 無事に青年期でアイデンティティを確立できた成人は、今度は自分のアイデンティティと他人のアイデンティティを融合させることに熱中します。

 

親密性の獲得のためには、献身的になるときの滅私性、自己放棄の経験を前提とします。つまり、確固たる同一性を獲得し、自分の同一性と他者の同一性とを融合させることができて、初めて真の意味において親密な関係を結ぶことが可能になるってこと。

 

自分のアイデンティティを失わずに、他者との親密な関係を築くことが重要です。けっこうこれって難しくない?

 

対して、孤立とは、「誰からも離れ、誰からも目を向けられぬ状態にあること。」自分のアイデンティティが確立できていないと、自我が失われてしまうことを避けてしまい、他人との接触を避けるようになってしまいます。

 

 

ちなみにエリクソンは、成人期において、アイデンティティが確立して、他人との関わりの中で自分を抑えられるようになって、初めて真の愛が生まれるといっています。

人を愛するためには一人の人間として自立していないとダメってことね。わかる 

世代性vs停滞性

この時期になると、もういい年のオジサンなので、関心は次の世代を産み、指導することに向きます。具体的には出産・生産・創造など。

社会的な役割を果たし、次世代への関心を持って援助・育成していくことを世代性といいます。

 

世代性の反対の極みは停滞です。 停滞とは、「生殖的活動、生産的活動、創造的活動の活性を失っていること。」

 

生み出すことを通して豊かに成熟することに失敗すると、擬似的親な密性を脅迫観念的に求めるようになり、停滞感、倦怠対人関係の貧困化に悩むことになるといいます。

 

統合vs絶望

 この段階は人格発達の最後の段階。老年期の課題は、自我の統合に到達することです。

 

人はこの統合によって、自分にとって唯一回きりの人生周期をそうあらねばならなかったものとして受け入れることができます。

「良い面も悪い面も含めて、自分の人生が有意義で価値あるものであったと」と感じることができるかが統合できるかの分かれ目となります。

 

この時期に得られる英知とは、

「死に直面しながら、正そのものへ、何者にも囚われない関心を持ち、

身体能力の衰弱や知的能力の低下にもかかわらず、経験の成全性を維持し、それを他へ伝える努力をすることである」と定義されています。

 

まとめ

 

 エリクソンは、「子供は発達の各段階において、身体的統御とその文化的意味の内面化を果たすこと、そして機能的快感と社会的信望を同時に経験することを通して、現実的な自己価値観や自尊心を獲得することが必要」といっています。

 

子供は成長にしたがって、自分がやりたいこと、社会から求められることが変化していきます。それぞれの発達段階の課題をこなしていく中で、自分という人間と社会をうまく適合させて、自分の価値や自尊心を獲得していくことが必要なのです。

 

自分と社会について、また自分と社会との関係性を考え続ることが、人生を充実して生きるために必要なのかもしれません。